公訴時効撤廃の切実な願いに思う

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 先日の新聞に,ひき逃げ死亡事故の被害者遺族が,死亡ひき逃げの公訴時効撤廃を求める切実な願いに関する記事が掲載されていました。

 遺族は,事故により,掛け替えのない当時小学4年生であった被害者を奪われ,それ以降悲痛に暮れる日々を送りながら,「人命を奪った者の逃げ得を許す制度はおかしい」「犯人が捕まらない限り,息子の無念は晴れない」として,公訴時効の撤廃を求める署名集めを始めたといいます。そして,その署名は,約6万人分に達し,近く法務省等に提出されるそうです。上記の思いは,大切な家族を理不尽に奪われた遺族が抱く心情として当然であり,同じ子どもを持つ親として身につまされる思いです。

  そもそも,公訴時効制度とは,どのような趣旨に基づくものなのでしょうか?

1公訴時効制度の趣旨

 公訴時効とは,犯罪が行われたとしても,法律の定める期間が経過すれば,犯人を処罰することができなくなるものです。制度の根拠としては,いくつか考え方がありますが,一般に,時間の経過によって被害感情・応報感情が薄れ,犯罪の社会的影響が弱くなることや,時間の経過により犯罪に係る証拠等が散逸し,その結果適正な裁判の実現が困難になることなどが挙げられます。

 以前は,法律に刑罰として「死刑」が定められた「殺人罪」「強盗殺人罪」などの重罪であっても,犯人を検挙できずに25年が経過すると,公訴時効が成立し,その後仮に犯人を特定することができても,その者を処罰することは一切認められませんでした。

2殺人罪等の重大事案に係る時効廃止等の経緯

 しかし,この公訴時効制度に対しては,かねて殺人事件等の遺族の方々から,「大切な家族を奪われたのに,一定の期間が経過したからといって犯人が処罰されなくなるのは,到底納得できない。殺人罪等については公訴時効を見直してほしい」旨の声が高まり,殺人罪等の事案については,時間の経過による被害感情の希薄化といった公訴時効制度の根拠が必ずしも当てはまらないのではないかとの指摘がなされていました。

 そして,このような指摘等を契機として,殺人罪等の一定の犯罪については,公訴時効を廃止し,あるいは,公訴時効を延長して,長期間にわたり刑事責任を追及することができるようにすべきとの意識が国民の間で広く共有されるようになりました。

 その結果,平成22年4月27日,「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律」(平成22年法律第26号)が成立し,殺人罪等人を死亡させた犯罪であって死刑に当たるものについては公訴時効を廃止するなどの法整備がなされました。

 改正前後の内容の変更は,以下の表のとおりです。

           法定刑改正前改正後
「人を死亡させた罪」のうち,法定刑の上限が死刑である犯罪(例:殺人罪)
25年時効なし
2  「人を死亡させた罪」のうち,法定刑の上限が無期の懲役・禁錮である犯罪(例:強制性交等致死罪)15年30年
「人を死亡させた罪」のうち,法定刑の上限が20年の懲役・禁錮である犯罪(例:傷害致死罪,危険運転致死罪)10年20年
「人を死亡させた罪」のうち,法定刑の上限が懲役・禁錮で,上記2・3以外の犯罪(例:自動車運転過失致死罪)5年又は3年10年

3死亡ひき逃げ事案に対する時効の当否

 現行法を前提にすると,死亡ひき逃げ事案について,故意犯である危険運転致死罪が成立する場合には20年の時間経過により,過失犯である自動車運転過失致死罪が成立する場合には10年の時間経過により,それぞれ公訴時効が成立します。そして,一旦時効が成立すると,その後仮に犯人を特定することができても,時効の壁によりその犯人を処罰することができなくなります。

 この点,識者の間でも意見が分かれ,「時間の経過とともに証拠が散逸しかねず,時効の撤廃には慎重であるべきだ」という意見がある一方で,「遺族感情に配慮すれば,逃げ得を許せるわけがない。人を死亡させた罪では時効を廃止すべきだ」という意見もあります。

 私は,死亡ひき逃げ事案については,公訴時効制度の根拠が妥当せず,故意犯・過失犯の別なく,時効を廃止すべきであると考えます。

 まず,被害感情・応報感情の点ですが,大切な家族を理不尽に奪われた死亡ひき逃げ事案の遺族の方々の被害感情・応報感情が時間の経過とともに薄れていくということはあり得ません。遺族は,一様に事件の真相究明と犯人の厳正な処罰を望み続けるのであり,かかる遺族感情は,最大限尊重されなければなりません。

 また,証拠の散逸による適正な裁判の実現困難という根拠も,死亡ひき逃げ事案には妥当しないと思います。すなわち,死亡ひき逃げ事案は,故意犯・過失犯の別なく,当該犯行が公道上で行われます。犯行現場がよほど人目に付きにくい辺鄙な場所でもない限り,当該犯行は早晩警察の知るところとなり,人の死亡結果を伴う重大事件として初動捜査が徹底して行われることになります。

 昨今,防犯カメラの普及や科学捜査の発展により,死亡ひき逃げ事案の検挙率が向上しているようです。死亡ひき逃げ事案を認知した警察により,犯行現場等に係る科学捜査・客観的捜査が徹底して行われ,収集された証拠は警察等によって厳重に管理されます。事件の発生から警察に認知されずに長らく時間が経過してしまった事案などでは,証拠の散逸云々の懸念が拭えないケースもあると思われますが,大部分のケースにおいて警察に事件が早期に認知され,初動捜査が適切に行われる死亡ひき逃げ事案に対しては,証拠の散逸による適正な裁判の実現困難という根拠も当てはまりません。

 さらに,私は,犯人の更生や社会復帰の観点からも,死亡ひき逃げ事案に関しては,故意犯・過失犯の別なく,公訴時効を廃止すべきであると思います。私も例外なくそうですが,人間は,弱い生き物だと思います。誠に残念ですが,人の死亡結果を伴う重大事故を惹き起こしながら,保身的動機から被害者の救護措置等を講じることなく現場から逃走してしまうケースが後を絶ちません。

 しかし,血の通った,まともな精神の持ち主であれば,被害者の尊い命を一方的に奪う重罪を犯しながら,自ら犯した罪ときちんと向き合うことをせずに,心穏やかに日常生活を送ることなど到底できないのではないでしょうか。警察に認知されぬまま,長きにわたり検挙や処罰を免れることができても,尊い命を理不尽に奪ってしまった旨の罪の意識に常に苛まれ,一日として心休まる日は訪れないのではないでしょうか。

 犯人が更生し,健全な社会復帰を果たすには,その前提として,その者自身が自ら犯した罪と正面から向き合い,反省や贖罪の念を深めるとともに,犯した罪に見合った刑事責任をしっかり負うことが出発点になると思います。犯人が自ら犯した罪を清算して更生し,生涯にわたり贖罪の念を抱きつつも,わだかまりなく前を向いて生きていくためには,犯人をして犯した罪に見合った刑事責任を負わせることは必須であると思います。かかる観点からも,私は,死亡ひき逃げ事案に関しては,故意犯・過失犯の別なく,公訴時効を廃止すべきであると考えます。

 弊所のコラムをご覧いただき,改めて感謝申し上げます。皆さまとのご縁に感謝し,日々精進して参ります。

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