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1続発する無差別殺傷事件
本年10月31日の夜,凄惨な事件が発生しました。東京都調布市内を走行中の京王線の電車内において,服部恭太容疑者が居合わせた乗客の会社員男性の胸部を刃物で刺した上,車内にオイルを撒いて放火し,男女16人が重軽傷を負った事件です。不特定多数人が利用する公共交通機関内での無差別殺傷事件であり,被害者の方々やその場に居合わせた方々はもとより,報道等を通じて事件を知った多くの人々を不安と恐怖に陥れる悪質な犯行であり,強い憤りを禁じ得ません。
服部容疑者は,逮捕後の取調べに対し,「小田急線の事件を参考にした。」と供述しているようですが,本年8月6日には,東京都世田谷区内を走行中の小田急線の電車内で,容疑者の男が乗客10人を刃物で切り付けるなどして重軽傷を負わせる殺傷事件が発生しました。今回の京王線無差別殺傷事件は,服部容疑者が,小田急線事件を模倣して実行したとみて間違いないでしょう。不特定多数人を狙った無差別事件は,いわゆる模倣犯と位置付けられ,同種の第2・第3の犯行を誘発する危険性が指摘されています。
電車内で乗客が刃物などで襲われる事件は,過去にも起きています。1995年3月発生のいわゆる地下鉄サリン事件では,地下鉄日比谷線など3路線の電車内に猛毒のサリンが撒かれ,13人が死亡,600人超が負傷する大惨事となりました。また,2015年6月には,神奈川県内を走行中の東海道新幹線内で男が焼身自殺を図り,巻き添えになった女性1人が死亡し,20人以上が重軽傷を負いました。さらに,2018年6月にも,神奈川県内を走行中の同新幹線内でナタを持った男が乗客に切り付け,男性1人が死亡,女性2人が負傷しました。
長引くコロナ禍の影響により,将来不安を募らせる人々は少なくありません。人間関係や仕事に行き詰り,将来を悲観して,今回の小田急線事件,京王線事件等を模倣した同種犯行がこれ以上繰り返されないことを切に祈るばかりです。
2無差別殺傷事件は極めて重罪
小田急線事件及び京王線事件については,現在,捜査当局が各事件の真相解明に向けて鋭意捜査中であり,動機等の解明が待たれるところですが,報道ベースで明らかにされている事実関係を前提に,各事件ではどのような犯罪の成否が問題となり,どの程度の重さの刑事責任が科され得るのかについて,若干整理しておきます。
まず,刃物を電車内に持ち込み携帯していた行為については,銃砲刀剣類所持等取締法違反の罪が成立します。また,その刃物を使って,電車内に居合わせた乗客を刺したり,切り付けたりして負傷させれば,殺意の有無に応じて,刑法204条の傷害罪や同法199条,203条の殺人未遂罪の成立が問題になります。幸いにも,両事件で命を落とされた方はいらっしゃいませんでしたが,2015年及び2018年の各事件のように,刃物で襲われた方が命を落とされる事態になれば,殺人既遂罪の成立が問題になります。法律には,犯罪と科せられる刑が明確に定められる建前(これを「罪刑法定主義」といいます。)となっております。傷害罪については,刑法204条により「15年以下の懲役又は50万円以下の罰金」という刑が定められ,殺人罪については,同法199条により「死刑又は無期若しくは5年以上の懲役」という刑が定められています。なお,現時点での報道情報を前提にすれば,小田急線事件及び京王線事件では,殺人既遂罪ではなく,殺人未遂罪の成否が問題になりますが,既遂・未遂のいずれであっても,法律が定める刑,つまり法定刑は,上記のとおり,「死刑又は無期若しくは5年以上の懲役」という内容に変わりはなく,未遂罪の場合には,刑法43条により,刑の減軽操作が行われる余地がある点で違いがあります。
さらに,両事件の犯人は,サラダ油やオイルを撒いて,各車内で放火行為にも及んでいます。車内の燃えの詳細な情報等を待たずして,各犯人に成立する罪を特定してお話しすることはできませんが,報道ベースの情報を前提にすれば,いずれの犯行においても,刑法108条が定める現住建造物等放火罪の成否が問題となり得ます。同罪も刑法犯の中では重罪として位置付けられ,同条により「死刑又は無期若しくは5年以上の懲役」という刑が定められています。
このように,両事件で行われた犯行内容を前提にすれば,各犯人に対しては,相当重い刑事責任が科せられることになります。刑事罰には,当該犯罪を抑止する効果も期待されており,今回のような卑劣な無差別殺傷事件が短期間のうちに繰り返される事態になれば,罰則強化の議論が行われても不思議ではなく,現実に発生した事象を踏まえ,罰則強化を含む必要な議論が活発に展開されることはむしろ歓迎すべきだと思います。ただ,京王線事件の服部容疑者が供述するように,自己の将来を悲観し,自暴自棄の末に死刑に処せられることを望んで無差別殺傷の犯行に及ぼうとする者に対しては,対象犯罪の厳罰化による犯罪抑止効果が期待できないことに留意すべきでしょう。
3無差別殺傷事件に対する対応
上記のとおり,電車内での凄惨な事件は,過去にも繰り返されており,その都度,鉄道各社は,国土交通省や警察当局等と連携しながら,各種対策を講じてきました。具体的には,警察官や警備員の見回り強化や,駅施設構内及び電車内の防犯カメラの設置などです。鉄道各社に対しては,これら既存の対策の強化徹底が求められますが,各社は,これら事件の発生を受け,不審者に対する声掛けや所持品検査の強化,不審者情報の割出し等へのAI技術の活用などを検討しているそうです。凄惨な事件を未然に防止する上で有効な対応策の一日も早い充実強化が期待されます。
そして,行政や鉄道各社の対応策の充実強化に増して重要なのが,私は,電車等の公共交通機関を利用する私たち一人ひとりが防犯意識を高めることだと思います。私たちが,現実に発生してしまった小田急線事件及び京王線事件等を,当事者意識をもって真剣に受け止め,「公共交通機関は安全ではない」旨を自覚し,駅施設構内や電車内において警戒心を解かず,仮に不審物や不審人物に気付いたら,躊躇せずに各社従業員や警備員,警察官への通報等を徹底するなどの対応が,続発する無差別殺傷事件から私たちの身の安全を守る上で,殊のほか重要であり,有効に機能し得るものと思えてなりません。
弊所のコラムをご覧いただき,改めて感謝申し上げます。皆さまとのご縁に感謝し,日々精進して参ります。