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契約交渉、契約書の作成等

2022-10-03

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1 契約とその法的拘束力

 私たちが日常的に行う経済活動においては、「契約」があらゆる局面において重要な役割を担っています。特に企業活動一般において、お互いの権利や義務等を確認し、また財産の移転等を確認するために「契約」が利用されていることは、皆様ご承知のとおりです。

 一般的な企業活動における契約関係においては、通常契約の内容は遵守されるものと期待されていますが、現実にはその内容を遵守できない状況が発生することもあり得ます。そのような場合においては、契約に基づく義務が履行できないことによる損害賠償など、一定の制裁が法的に認められており、これを「契約の法的拘束力」といいます。

 「契約」としての法的な拘束力を認めるということは、それに違反した場合に一定の制裁や権利が発生し、その行使が保証されることを意味しています。すなわち、「契約」とは、その履行を強制したり、損害賠償請求が認められたりするなど、一定の法的拘束力を有するものになります。

2 法的拘束力のある契約書

 法的拘束力のある約束が「契約」であり、この契約を書面で確認するものが「契約書」です。

 一方、基本的な条件がほぼ固まった段階で、一定の合意事項を確認するために、当事者間において議事録や意向書、基本合意書あるいは予備的合意書といった書面を取り交わすことがあります。これらの書面は、未だに正式な契約の締結には至っていないものの、交渉当事者間で、その時点における合意事項を確認する趣旨で作成されます。

 これら議事録や予備的合意書については、「契約書」ではないので法的な拘束力はないと即断してしまいがちですが、そのように機械的に判断できるものでは決してありません。最終的に正式な契約の締結まで至らなかった場合に、相手方当事者にその責任があるとして損害賠償請求等を行う場合も決して少なくありません。そのため、契約交渉の途中で取り交わされることのある議事録や予備的合意書等に関して、法的拘束力があるかどうかを明確にしておくことは非常に重要なことです。

3 契約書の作成

 当該契約の目的が何らのかの理由で達成されない可能性は常にあります。そのリスクを回避するために、必要なリスク分析がなされ、法的問題を含むリスクや問題が的確に認識され、解決策をあらかじめ規定しておくことが重要となります。そのため、契約書の作成に当たっては、単なる文書作成の技術だけでなく、法的分析力が非常に重要です。

 法律実務は、現実に生じた紛争の解決を目的とした「訴訟実務」と紛争の発生を未然に防ぐ「予防法務」に大別されますが、契約実務の世界では、紛争発生後の紛争処理のためにというよりは、紛争を未然に防ぐという予防法務がその大半を占めているといってよいでしょう。

 なお、訴訟実務の世界では、現実に紛争となった事案に関して、いかに紛争を解決するかという点に重きを置きながら、紛争処理のための訴訟技術や紛争処理を前提とした法的知識を駆使して訴訟相手を戦うことが中心となっています。法曹実務家になるための法理論教育は、どちらかというと訴訟実務に関するものが多いのは確かです。しかし、予防法務が中心となる契約実務においては、訴訟結果を見据えた法理論の理解も必要で、どちらかといえば紛争予防という目的を達成するための法理論が必要となります。

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与信管理等その2

2022-08-19

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1 実務上利用頻度の高い担保

 実務上よく利用される担保は、以下のとおりです。

⑴ (根)抵当権

(根)抵当権とは、担保物件(不動産等)を担保提供者に占有・使用させながら担保の目的となし、債務の弁済がなかったときにこれを競売し、その換価代金から優先的に弁済を受けることのできる担保権のことをいいます。そのため、不動産を担保の目的とすることが多くあります。(根)抵当権には、既に発生している特定の債権を担保する抵当権と、既に発生している債権だけでなく、将来発生する不特定の債権を担保する根抵当権があります。

根抵当権の被担保債権・極度額の定め方としては、①特定の継続的取引契約から生じる債権、②一定の種類の取引(売買取引、請負取引、金銭消費貸借取引等)によって生じる債権、③特定の原因に基づき債務者との間に継続して生じる債権、④手形・小切手上の債権等という取決めを根抵当権設定契約書において定めることとなります。また、極度額としては、債権の元本のほか、利息、遅延損害金等を含む債権極度額を設定することとなります。

根抵当権は、一定の元本確定事由が発生すると、その時点で存在する特定の元本債権のみを担保するものに変わり、その後発生する債権は担保の対象外となります。

⑵ 質権

 質権とは、債権者が担保として提供を受けた物件を、債務が弁済されるまで留置して、債務の弁済がなされなかったときにこれを競売又は任意処分し、その換価代金から優先的に弁済を受けることのできる担保権のことをいいます。

 質権がよく利用されるのは、債権者が占有(保管)することが可能な場合ですが、一般的には、株式や債券が利用され、また、特許権・商標権・著作権等の知的財産権に関しても利用されていますが、譲渡担保でも可能です。

 この質権に関する対抗要件としては、動産を質権に取る場合は、担保提供者からの動産の引渡しを受け、占有することです。また、定期預金、火災保険、敷金・保証金を質権に取る場合は、第三債務者(質権の目的物が定期預金であれば銀行、火災保険であれば保険会社、敷金・保証金であれば賃貸人)の承諾書を取得し、それに確定日付を得ておくことが必要となります。ちなみに、知的財産権を質権の目的とする場合には、所定の登録手続を行うことが必要になります。

⑶ 譲渡担保

 譲渡担保とは、債権者の債務者に対する債権を担保するために、担保提供者(債務者又は債務者以外の第三者)が所有する物件の所有権を債権者に譲渡して、債務者が債務を弁済しなかったときに、その物件から他の債権者に優先して自己の弁済を受けるという担保権をいいます。

 しかし、譲渡担保は、抵当権や質権のような法律で定められている典型担保ではなく、商慣習上発生し、判例上認められるようになった非典型担保です。これまで、担保提供者が日常占有し・使用している機械や商品等の動産を担保に取る場合、古くは民法で定める質権という方法しかありませんでした。ところが、質権の場合は、要物性の要請から、担保物件を債権者に引き渡さなければ質権の効力が生じないため、担保提供者は担保物件を自ら占有・使用できないことになり、営業に支障を来たすという問題がありました。

 抵当権であれば、担保提供者に占有・使用させたまま担保に取ることができますが、抵当権で担保に取れるのは不動産に限られており、機械や商品等の動産は、工場財団抵当を除き、抵当権の目的物とすることができません。そこで、機械や商品等の動産を担保提供者に占有・使用させたまま担保取得する方法として考え出されたのが譲渡担保です。

 なお、最近では、特定債権(たとえば、特定の売掛金等の債権)や集合債権(現在又は将来発生する不特定の債権)に関しても、譲渡担保が利用されることが増えています。

 ⑷ 担保としての債権譲渡

 この債権や集合債権譲渡担保を設定する場合は、譲渡債権を特定するため、第三債務者の住所・社名、譲渡債権の種類・対象商品・発生期間を明記することとなります。

 従来は、登記制度がなく、民法上の対抗要件しかありませんでしたが、契約時に第三債務者に債権譲渡通知書を発送すると、第三債務者の信用不安を引き起こすおそれがあります。したがって、債権譲渡通知書は債務者の倒産時に発送せざるを得ませんが、その場合は、「対抗要件の否認」の問題が生じます。そこで、停止条件付型・予約型契約を締結し、債務者の倒産時に効力を発生させ、第三債務者に「債権譲渡通知書」を発送する方法が取られていました。その後、対抗要件の否認を認める判例が出され、停止条件付型・予約型契約は対抗要件の否認の問題をクリアできる有効な手段にならなくなりました。

 他方、1998年に動産・債権譲渡特例法が制定され、債権譲渡の対抗要件具備の方法として新たに債権譲渡登記制度が導入されたため、現在は、本契約を締結し、契約時に債権譲渡登記を行っておき、債務者の倒産時に第三債務者に登記事項証明書付き「債権譲渡通知書」を発送するという方法が主流になっています。

 この方式は、債権流動化の一環として利用されている債権譲渡においても利用されています。

⑸ 電子記録債権の譲渡担保・質権設定

 電子記録債権制度とは、電子記録債権法に基づき、磁気ディスク等をもって電子債権記録機関が作成する記録原簿に電子記録することにより、はじめてその発生、譲渡等が行われることになる金銭債権のことです。

 この電子記録債権制度が導入された理由としては、売買取引等により発生する通常の債権(指名債権)は、支払期日まで待たなくては資金化できませんが、指名債権を支払期日前に資金化するためには、指名債権を第三者に譲渡するか、指名債権を手形(手形債権)化し、この手形を第三者に裏書譲渡するかの2つの方法しかありませんでした。しかし、指名債権の場合は、債権の存在や帰属が不明確なためその確認を要し、また譲渡する際の対抗要件の取得に手間がかかるうえ、同一の債権が二重に譲渡されるリスクがあります。そこで、指名債権や手形債権の場合のリスク・デメリットを排除し、安全かつ円滑な債権の流通を確保するために創設されたのが電子記録債権法に基づく電子記録債権制度です。

 そこで、電子記録債権の譲渡担保・質権設定も、電子債権記録機関の登録原簿に譲渡記録・質権設定記録と呼ばれる電子記録をすることによって効力が生じることになります。この譲渡記録・質権設定記録も電子記録権利者(譲受人・質権者)と電子記録義務者(譲渡人・質権設定者)が電子債権登録機関に請求することによって行います。

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与信管理等

2022-08-04

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1 与信とは

 通常、企業間で取引を行う場合には、掛け売りで行われることが多く、商品等の引き渡し時に現金で決済するケースはそれほど多くありません。これは、金銭の貸付と同様の信用を買主に与えるものなので、与信と呼ばれています。

 企業は、業績の悪化等によって資金繰りが厳しくなり、債権の支払ができなくなれば倒産につながります。万が一、企業が倒産した場合には、一般債権者の債権は大幅にカットされるのが通常であり、資産がほとんど残っていないような場合には、債権がほとんど回収できないことも多く、債権者から見ると貸倒れということになります。

 企業としては、取引先との取引が継続し、債権が支払期日にきちんと支払われることを前提として資金計画等を立てているため、取引先が倒産し、多額の債権の回収が困難になった場合には、企業の経営そのものや資金繰りに重大な影響を及ぼすことになりますし、最悪の場合は、連鎖倒産につながるリスクも抱えています。

2 与信管理

 そこで、このような取引先の倒産による貸倒れリスクから企業を守り、事業を維持・継続させていくために、与信管理は企業にとって必要不可欠な業務になっており、そのため審査部等の与信管理専門の組織を設けている企業もあります。

 この与信管理とは、取引先の信用状況を調査・分析し、取引先ごとに与信限度、すなわち企業において許容する取引先に対する債権の上限額を設定し、債権額がこの与信限度額を超えないように管理することにより、与信行為により発生する債権の貸倒れリスクを防止し、また、貸倒れリスクが発生した場合の損害の軽減を図ることをいいます。

 取引先による取引額の増額や支払期限の延長等は、このような貸倒れリスクの発生につながるおそれがありますので、この与信管理を意識して行うことが必要となります。

3 与信限度の設定

 与信限度の設定は、与信管理の要であり、これを守ることにより、与信限度額以上の不良債権の発生を防止するという機能を有し、取引リスクにおける管理を可能とします。

 この与信限度には、①売り限度(商品の掛け売り)、②前払限度(商品代金の前払い)、③預託限度(商品等の預託)、④融資限度(金銭の貸付)、⑤借入金等の債務の保証等があります。つまり、与信管理は、商品等の売り先だけでなく、仕入先についても必要となります。

 この債権の限度額の算出方法としては、スポットの取引の場合は、当該取引額となりますが、継続取引の場合は、取引期間中のピークの債権額がこれに該当します。たとえば、売買取引の場合は、「商品単価×月間売買見込数量×決済サイト(商品等の引渡し日から代金支払日までの月数)」によって算出します。

 通常、与信限度額は、与信見込額(最大債権見込額)をもとに、①取引先の債務情報、②営業部門等の戦略・取組方針、③リスク・リターン(与信リスクに見合った適正な利益を得られるか)、④自社の体力(万が一貸倒れが発生した場合、自社に耐えられるだけの体力はあるか、⑤債権保全措置などを勘案して、企業として取引先に対し許容できる適切な限度額を設定することになります。 

4 担保の重要性

 取引先が倒産した場合には、会社資産はまず担保権者と優先債権者への弁済に充てられるため、残った資産が一般債権者に平等に分配されることになります。このため、一般債権者に対する配当は一般的には少なくなります。しかし、事前に担保を取得していれば、他の一般債権者より優先して弁済を受けることが可能になります。この担保についても、換価性の高いものが必要であり、債権保全において重要な点になります。

 担保は、取引開始時に取得しておくのが基本であり、取引先の信用状態が悪化し、貸倒れが発生するおそれが出てから担保を取得するのは、他の債権者との関係でも非常に難しいということを認識しておくべきです。

 担保を取得する場合の留意点としては、①担保物件の現物をきちんと確認すること、②換価性及び担保価値の高い担保を選択すること、③対抗要件具備の手続を迅速に実行すること、④将来の担保の解除や変更、取引の維持・拡大等を安易に約束しないことなどが挙げられます。

 担保には、債権者と担保提供者との契約により発生する担保権、具体的には、抵当権、質権、譲渡担保等の約定担保権と、当事者間の契約なくして、一定の要件を充足すれば、法律上当然に発生する担保、具体的には先取特権、留置権等の法定担保権があります。

 また、民法当の法律で規定されている典型担保と、民法等の法律に規定されていない、商慣習上発生し、判例で認められるようになった非典型担保があります。担保を取得するに当たっては、担保対象物に応じて換価性等を十分考慮し、どの担保を取得するかを検討しなければなりません。

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取引の審査及び取引リスクの管理その3-2

2022-07-24

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 本日も企業法務に関する記事を掲載させていただきます。前回の「事業の撤退」というテーマの続きです。

⑶ 整理・撤退の方法

 投資企業の整理・撤退の具体的方法については、国ごとに調査を行うことが必要になります。当然といえばそうなのですが、まずは事業としての再建の可能性を検討することが重要です。事業を継続しながら整理する場合は当然ですし、事業から撤退する場合でも、第三者に譲渡するのか、あるいは清算を含め、リストラクチャリング(事業の再構築)の可能性を検討すべきです。

 このリストラクチャリングの可能性を検討するには、大別して、企業の債務を整理・再構成して債務返済負担を軽減する債務改善面から見たファイナンシャル・リストラクチャリングと、企業の経営内容や業務の改善をすることにより、より利益を生む体質に改善する運営改善面から見たオペレーショナル・リストラクチャリングがあります。オペレーショナル・リストラクチャリングは、企業のコストを削減し、収益を効率的に上げることにより、キャッシュフローを生み出すための必要な改革となります。余剰人員の削減、労働力の間接部門から直接部門へのシフト、コア・ビジネス以外の営業部門を整理・売却、また遊休資産も処分することに加え、経営管理システムの改善や経営者・従業員のインセンティブ導入など、意識改革も必要とされます。

 他方、ファイナンシャル・リストラクチャリングは、企業の財務体質改善のために債務面及び資本面の両面から実施されることになりますが、最も一般的なのは、債務返済のリスケジュールです。元本返済の据置期間も含め債務の返済期限を延長し、金利負担の軽減など、当面の債務負担を軽減する方法です。これらリスケ後の債権を株式に転換(デット・エクイティ・スワップ)したうえ、リストラ後の健全化された企業の株式を再度投資家に売却、あるいは証券化するなどの手法により、企業としては債務負担を減らすこともでき、債権者としても買い取った債権の回収を可能とする仕組みも存在しています。

 これらはそれぞれ一長一短があり、どちらが良いかは一概にはいえませんが、その企業の業界の特殊性や、関係国の法整備の状況、整理・撤退に関する当該国家としての制約・制限などを考慮して、選択することが重要になります。

⑷ 撤退条項

 共同事業では、通常、事業を行うことを合意したときと同じ状態がいつまでも続くとは限りません。共同事業を遂行する過程において、当該事業を取り巻く環境が変化することもあるでしょうし、それぞれの事業者の当初の思惑が変化することがあります。このような場合に当初の共同事業契約に拘束されることが全ての共同事業者にとって必ずしも最適であるとは限りません。たとえば全事業者の全会一致で決定される重要事項について、意見が一致せずに意思決定ができないために、当該事業の運営に重大な支障が生じることもあり得ます。その結果、共同事業の当事者のいずれかが事業から撤退することになってしまう場合もあります。

 共同事業はいつも必ずうまくいくというものではありませんので、このような場合に備え、共同事業につき、あらかじめ一定の期間を定めておく、あるいは、一定の目的を達成したら解散するなどを規定することも少なくありません。すなわち、共同事業からの撤退のための引き金となる事由をあらかじめ当事者間で話し合い合意しておくこともあります。このような共同事業を終了するためには客観的な事由を挙げることが求められます。たとえば、累積損失が資本の50%以上となるような事態は、累積損失の発生に特別な理由がない限り、債務超過に陥ること、更にはその事業の継続が厳しい状態が予想されますので、その時点で、今後の事業展開についての見直しも含め、事業の再検討を行うことが必要になります。このような場合、新たな資本の導入も含め、事業の再構築ができない場合には、共同事業を清算せざるを得ないということになります。

 もちろん、いずれかの当事者が事業を引き継いで継続していく場合もありますので、そのような場合の株式や持分権益の譲渡の対価をどう取り決めるかという基本的な考え方をあらかじめ合意しておくことが必要となります。日本の会社法でいえば、反対株主による株式買取請求権のようなものですが、国によっては、このような株式や権益の譲渡に関して、政府等の許認可機関の許認可を必要とするところもありますので、撤退する場合には、特に留意する必要があります。

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取引の審査及び取引リスクの管理その3

2022-07-13

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1 事業の撤退

 企業運営において重要なことは、整理、あるいは撤退をせざるを得ないと判断した場合に、この整理や撤退をスムーズに行うこと、また整理や撤退に伴う損失を最小限に抑えることであり、そのためにはどうしたらよいかの点です。一般的に、企業にとっては、事業の整理や撤退だけでなく、マーケットからの撤退を意味する場合もあります。また、将来の期待利益を放棄すること、さらには最悪の場合投資額全額の放棄に加え、追加負担さえ生じる可能性があることも念頭に置いておく必要があります。

 つまり、事業の整理、あるいは撤退は、いずれも英断が要求される重要な経営上の意思決定であるといえます。この撤退等の意思決定がタイムリーに、適切に行われず、そのうち改善するだろうなどと安易に考えて投資が継続された結果、損害が拡大したようなケースも過去に少なくありません。事業の整理、あるいは撤退をしなければならないときは、果敢に決断すべきであることは、我が国国内での事業の場合だけでなく、海外事業からの撤退についても妥当します。

⑴ 撤退の原因

 一般的に事業の整理・撤退の原因が事業パートナーとの考え方の違いであるとかマネジメントの方法などの内部的な問題であれば、マネジメント担当者の交代や、やり方・方法を変えるなどにより当該事業を継続することも十分可能だと思われます。しかし、海外事業からの撤退について、たとえば現地の政治・経済・社会の変化等の外的な要因による場合は、自助努力だけではどうしようもないことが多く、事業の整理・撤退を余儀なくされることも少なくありません。

 また、事業投資の目的が明確でなく、あるいは十分なリスク分析ができておらず、商圏の確保ないしその維持のためにはやむを得ない、また他の企業も投資しているから自分たちもというような消極的な理由による場合もあります。投資すべきではない案件にまで投資を実行したため、途中で整理・撤退もできず、損失ばかり拡大して、結果的にこれ以上はどうやっても無理だというところに至ってはじめて整理・撤退を決意するようなケースも決して少なくないように思われます。

 現実には、一旦決定し、あるいは実行してしまうと、途中でやめる決断をすることには非常に抵抗が強く、困難を伴う傾向があります。特に事業投資などは投資を一部でも実行すると、それを失うことを過度に嫌がり、ダメだと頭ではわかっていても、いずれ良くなるだろうなどと安易に期待を抱き、そのまま投資を継続してしまうことが少なくありません。

 これは意思決定のシステムに問題があるのか、結果が優先という業績評価のシステムに問題があるのか、あるいは他がやっているからという一種の使命感で投資を実行しているといったように、自ら明確な投資目的を設定していないことが原因で、途中で事態が変化した場合に整理・撤退などという柔軟な対応ができないからであるとも考えられます。

⑵ 整理・撤退上の問題

 事業の整理、あるいは撤退を考えるに当たり、ここでは、様々な問題をはらんでいるアジア諸国を例として取り上げますが、アジア特有の問題をまず検討することが必要となります。

 アジア各国への進出に関しては、当該国の外資奨励政策、自由化という規制緩和の流れのほかに、外資に対しての制約が存在しています。国によっては、業種により様々な思惑から外資側の出資比率に規制がかけられている場合が多く、国内産業保護のために小売業等への外資の出資は認めない、あるいは宗教・社会慣習・社会情勢などによる制約もあります。その結果、アジアにおける直接投資は、多くの場合現地パートナーとの合弁事業の形態をとらざるを得ないのが現実です。これが、事業の整理、あるいは撤退の場合にも関係することになり、自由に持分を処分できないなど合弁事業のリストラや撤退交渉をより複雑にしている面があるといえます。

 また、アジア諸国における投資事業の場合には、合弁事業の相手企業の資金調達能力の問題や、日本企業が資金のほとんどを調達する義務を負っている場合や、パートナーが政府関連企業であったり、公共性の高い事業であったり、整理・撤退自体に政府の許可が要求されたりするなど、簡単に事業の整理、あるいは撤退を認めてもらえないような場合が多いのも特徴になっています。そして、事業の整理・撤退についての国ごとの制度や事情は、法的な権利義務を超えて対応せざるを得ない国もあることが、このアジアでの投資事業の特徴の代表的なものであり、事業の整理、あるいは撤退の難しさであるといえます。

 たとえば、経営不振に陥り、事業の整理・統合の対象となった中国の政府系ノンバンクに対する外国金融機関の債権回収が事実上不可能になるような事態が発生したことがあります。これは日本でいえば最高裁判所に当たる中国最高人民法院が「債権者の訴えをしばらく受け付けず、既に回収を認めた判決の執行を凍結する。」という内部通達を出したことによります。

 日本や欧米でも、破産手続や会社更生手続を行っている場合には、債権回収などのための強制執行手続や訴訟手続などが他の債権者の権利を侵害する場合、あるいは会社の更生に支障が生じるような場合には、これらの手続を停止するという対応も認められていますが、中国最高人民法院が取った上記の措置は、この停止措置の範囲を超えているとも考えられ、国際的なルールを逸脱していると強く非難されているところです。

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取引の審査及び取引リスクの管理その2

2022-07-04

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1 M&A取引・事業再編

 グローバルな事業活動を展開していくための手段として、新規に法人等の組織を構築するばかりでなく、既存の企業の全部又は一部を買収するということがよく行われています。この企業買収を「M&A」と呼んでいます。対象企業の一部を買収する場合には、既存株主との共同事業にしたり、新たなパートナーと共に共同事業として経営を行ったりする場合もあります。

 他方、買収した事業を自社の既存事業と合体させたり、分社化したりするなど、事業を再編することも日常的に行われています。

 国内におけるM&A取引、つまり企業買収には、大別して、株式を買い取る場合と、資産や事業を買い取る場合とがありますが、いずれの場合も、当該企業に対する支配権を確保することが重要になります。企業の支配権を確保する場合には、企業の株式買収とか、事業の資産買収にかかわらず、人的資源及び取引先との契約等も承継するかどうかにより、その選択肢が決まることになります。国際的な企業買収とは、買収対象企業やその資産が法制度の異なる国に存在する場合であり、単に商品や情報あるいはその他の権利を取得するだけでなく、経済活動を実施している主体の全部又は一部、あるいは従業員という人的資源も取得する場合もあるために、様々な紛争が生じる可能性があります。

 たとえば、企業の設立などは会社法に基づくことになりますが、会社法は、世界に共通して通用するものではないため、個々の国家が制定した法律制度の相違や、当事者間での考え方・価値観の相違により紛争が生じやすくなります。また、買収に当たり検討すべきリスクや法的検討課題が多様化するとともに、買収後の企業の運営や経営上の紛争などが起こりやすく、実際に問題となることも少なくありません。

 米国企業を買収した日本企業が、日本とは異なる慣行にとまどい、各種ハラスメントや雇用問題などで多額の損害賠償請求を受けるようなケースも多発しています。また、事前に法制度などを含め、十分な調査を行わなかったために、買収後に予想外の問題が発生し、その処理をめぐり紛争となることも十分にあります。この点は、外国企業が日本において日本企業を買収する際などにも同様の問題が起きます。ちなみに、合併や新たに導入された株式交換などによる企業の買収が行われるようになると、従来適用されていた会社法がどこまで適用されるのかが問われることになります。逆に、株式交換により米国企業の株主となり、その権利義務関係も米国の会社法に準じて理解しなければならないということが考えられます。

 他方、複数の企業が合同で企業買収を行ったり、買収後に複数の企業が共同で企業の経営を行ったりするようなケースも少なくなく、一般的に合弁事業と呼ばれていますが、このような合弁事業の運営に関して問題が発生することもあります。合弁事業の運営に際しては、当初の目論見とは異なり、当事者間で意見の相違などが起き、合弁事業の円滑な運営ができなくなることもあります。そのような場合に合弁事業を継続するかどうか、あるいは清算すべきかどうかなどで意見の対立が生じ、当事者間で抜き差しならぬ紛争に発展することもあります。これらの紛争は企業買収そのものというよりは合弁事業という企業の運営に係る紛争というべきものであり、買収後の経営統合という問題をあらかじめよく検討しておく必要があります。

2 経営統合

 国内外で、規模の大小を問わずM&Aや事業提携・事業再編等が盛んに行われています。しかし、買収や再編などを行ってみたものの、買収企業と被買収企業との間、あるいは再編の対象となる企業やその役職員等との間において、買収・再編後のマネジメントや組織体制、人事の交流などで支障が生じ、企業経営を円滑に実施することが難しくなり、あるいは失敗に陥るケースが決して少なくありません。

 この企業買収後あるいは再編後の企業経営が順調に運営できるかどうかが、経営統合の問題として強い関心がもたれるようになっています。最近では、買収や再編後の経営統合を見据えた買収の検討、特に企業のガバナンス体制や経営体制、つまり経営陣をどう構成し、どのように処遇するかという点、さらには、組織や人事制度をそのまま残すかどうかを含め、経営統合が重視されています。企業の経営統合をスムーズに進めることが、買収や再編を成功させるという点で、非常に重要な企業買収や企業再編等の要素であると考えられています。

 この買収・再編後の経営プロセスは、「PMI(Post Merger Integrationの略)」と呼ばれています。M&Aによる統合効果を確実にするためには、M&Aの初期の検討段階より統合を阻害する可能性のある要因等について事前の検証を行い、統合後にそれを反映させた組織統合マネジメントを推進することが重要であるとされています。一般的には、企業買収の場合、ほとんどの関心や努力が買収を実現させることに向けられており、買収直後の経営体制や運営体制までを意識することは、後回しになってしまっているケースが少なくないように思われます。

 PMIの対象となるものとして、大きく分けて、①経営統合、②業務の統合、③内部統制の統合、④意識の統合などが挙げられます。④の意識の統合とは、企業風土や文化の統合などを意味するもので、これは短期間では非常に難しいですが、企業買収や経営統合、事業提携を成功に導く上で、時間をかけてでも実現していかなければならない問題だといえます。

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取引の審査及び取引リスクの管理その1

2022-06-27

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1 新規取引の管理

 企業において、内部統制システムが整い、法令等遵守のための社内規程等が整備された場合に、それらの遵守を徹底するために中心的な役割を担うのは、法務部門にほかなりません。

 一般的に、企業は、そのビジネス活動や業務の発展、また、その経営の継続性を確保するためにも、新しい製品等の開発や新規分野への進出など、常に新たな取引にも取り組んでいくことが求められています。このような新規取引のなかには、企業として取り組むべき相手かどうかや、取引内容として適切かどうかが疑問となるような取引もあるのではないでしょうか。従来から継続して行ってきた取引などは、それまでに積み重ねてきた過去の経験等で、法的なリスクについて分析が行われており、法的リスクへの対応や備えもある程度できています。他方、新規の取引や取引先に関しては、この辺りの法的なリスクマネジメントを徹底して行うことが求められます。新規取引の内容に関しては、不用意にも架空取引に巻き込まれるケースや、マネー・ロンダリングなど組織犯罪に巻き込まれる可能性もゼロではありませんので、より慎重な対応が求められます。そのために、法務部門としては、当該取引に関与することになった経緯など、取引自体の必要性を含め、合理的な説明ができるのか、また、取引自体に異常性はないか、さらには、組織における意思決定の過程において、当該企業の経営理念や社訓等に違背していないかなどの観点からのチェックも必要になります。

2 重要プロジェクトの管理

 企業にとって、大型投資が必要なプロジェクトや、経営にとって影響を及ぼす可能性のある重要プロジェクトへの参加は、企業経営にとって戦略的な面で常に必要とされることとなります。特に、グローバルな事業投資等においては、その法的問題や運営上の問題だけでなく、投資環境や現地への影響度なども意識しておくことが必要です。

 通常は、このような重要プロジェクトを開始する場合、関連する部署・組織を巻き込み、様々な部門のメンバーから構成されるプロジェクトチームが結成されることが多く、そこで詳細な検討が進められていくことになります。そのなかで、法務部門としては、事業投資先における法的な情報や投資規制等の投資環境など、初期的調査を含むインフラ環境の調査を行うことが求められます。場合によっては、現地弁護士を含む、社外の専門家を起用することもあります。そして、初期段階で、ある程度の概要が判明すれば、それを踏まえたより詳細な調査を行うこととなり、当該プロジェクトの実現可能性等を判断することになります。これは、「フィージビリティ・スタディ」と呼ばれており、法務部門としては、様々な法的規制、特に外資規制、外為法、税法、労働関係法などの調査を実施します。

 また、共同パートナーを起用する場合には、関係する情報交換等が行われることになりますので、必要に応じて秘密保持契約を締結する、あるいは、当該プロジェクト実施を決定し、それを前進させるためにも予備的な合意書を交わすことなどがあります。予備的合意は、一般的にその確認時点での当事者間の合意事項や正式契約締結までに解決すべき懸案事項などを確認する手段として利用されますが、それ以外にも誠実交渉義務、秘密保持義務、独占的交渉権、交渉の過程で第三者から申込みを受けた場合などの優先的権利等が規定される場合もあります。

 フィージビリティ・スタディにおけるプロジェクトの実現可能性には、当然のことながら当該プロジェクトの採算性なども含まれますが、法務部門としても、具体的な事業計画や資金調達計画、人員計画を含め、全体的なスキーム作りや、作成すべき契約書類がありますので、その内容等を十分に理解しておくことが求められます。

 万が一にも、コンプライアンス違反を生じさせるようなことがあれば、当該プロジェクトからの撤退を余儀なくされることにもなりかねません。また、我が国の親会社をも含めた訴訟リスクや信頼等の失墜による事業上の重大な損失に繋がる可能性もありますので、この点十分に留意すべきでしょう。

 

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カントリーリスク対応

2022-06-19

 皆さま、こんにちは。

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1 カントリーリスクの意義

 カントリーリスクとは、一般に「海外投融資や貿易を行う際、個別事業・取引の相手方が持つリスクとは別に、相手国・地域の政治・社会・経済等の環境変化に起因して、当初見込んでいた収益を損なう、あるいは予期せぬ損失が発生する危険」と定義されています。そして、カントリーリスクが発生する具体的な形態としては、以下のような事象が想定されています。

  •  国際収支の悪化等から外貨不足に陥り、個別事業・取引に関わる元本・配当・利息や代金の国外送金が制限される、あるいはできなくなってしまう。
  •  急激なインフレーションや為替相場の変動などで、個別事業・取引に関わる元本・配当・利息や代金の受取金額が大幅に目減りする。
  •  革命などによる政権交代で、新政権が債務の継承を拒否する。個別事業・取引の相手方の資産に対し、国有化や国家権力による収容・没収等の危険性が増大する。
  •  内乱、暴動、外国の侵略、戦争等により、現地における個別事業・取引の遂行に支障を来たす。
  •  国際関係、国際情勢の変化により、個別事業・取引の円滑な推進・遂行が困難になる。

 一般に、開発途上国においては、カントリーリスクが高いと考えられていますが、先進国でも、たとえば財政上の失敗により外貨を獲得できず、対外債務の決済に問題が生じ、事実上の破綻となるような国もあります。このカントリーリスクは、国内総生産(GDP)、国際収支、外貨準備高、対外債務、司法制度などのほか、当該国の政情や経済政策などといった要素を考慮して判断されることになります。日本貿易保険(NEXI)においては、経済協力開発機構(OECD)カントリーリスク専門家会合において、国ごとの債務支払い状況、経済・金融情勢等の情報に基づき議論を行い、それぞれの評価が決定され、このOECDの評価に基づき、国・地域のカテゴリーが決められています。

 このカントリーリスクは、海外への赴任者を守るという観点から、赴任者やその家族の安全を侵害するリスク、たとえばテロ・誘拐等のリスクについても認識されていますが、贈収賄リスク等もその対象になっています。

2 地政学リスク

 また、同様のものとして、地政学リスクというものがあります。これは、一般に、ある特定地域が抱える政治的・軍事的・社会的な緊張の高まりが、地球上の地理的な位置関係により、その特定地域の経済、あるいは世界経済全体の先行きを不透明にすることと定義されています。地政学リスクの二大要因として「地域紛争の勃発」と「テロの脅威」が挙げられており、経済活動がグローバル化する中で、そのリスクは全世界的に影響を及ぼすことが多くなっています。

 現在進行中のロシアのウクライナに対する軍事侵攻のほか、中国の覇権主義的な行動・海洋進出、イランとアラブ諸国の対立、パレスチナ紛争、アフガニスタン内戦、北朝鮮の核開発・ミサイル発射問題、世界各地で多発するテロ問題等があります。

 このような地政学リスクが高まれば、地域紛争やテロへの懸念などにより、原油価格等の商品市況の高騰、外国為替の乱高下等を招き、企業の投資活動や個人の消費者心理に悪影響を及ぼす可能性があります。

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企業のコンプライアンス対応

2022-06-12

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1 コンプライアンスの意義

 法令や規則等のいわゆるハードローといわれているものの遵守は、企業にとって最低限の義務であるとの認識の下、社内の規則等や社会規範、企業倫理などに加え、それぞれの企業が持つ価値観(企業理念や社是・社訓など)に照らし、社会的に許容される範囲で企業の経営が行われることがコンプライアンス(法令等の遵守)に沿った経営であり、このような経営が、理想的な「コンプライアンス経営」であると認識されています。それを企業として、より具体的な価値判断基準として示したものが「企業行動規範」「企業行動基準」であり、それらは多くの企業によって策定されています。これら全てを遵守することがコンプライアンスだという時代になっていると思います。

 コンプライアンスとは、法令のグレーゾーンも含む法律専門家の判断、アドバイスに基づいて行動する部分も含まれており、法令だけでは網羅できない部分の遵守、つまり社会の構成員としての企業、企業人として求められる価値観、倫理観、その他の社会的規範、業界としての自主的なルール、利潤の最大化、事業の効率化、雇用の促進など、また人権や文化の尊重、環境保全、安全性なども対象とされており、最近では、社会的責任などもこの対象だとされています。

 この法令等の遵守、つまりコンプライアンスのプログラムは、会社法でも求められている内部統制システムの重要部分となっており、これは、もともとは企業会計システム全体のコントロールを確立するという意味でした。その目的としては、業務の効率性の確保、財務報告の正確性の確保、及び企業行動における法令等の遵守とされています。

2 コンプライアンスの必要性

 コンプライアンスが強調されるようになったのには、社会環境の変化があります。そこでは、コンプライアンス違反を起こした結果、不祥事による企業のダメージが大きくなったこと、また組織主義的な価値観から個人主義的な価値観への転換とともに、雇用の流動化が進み、内なる国際化と呼ばれるグローバルスタンダードの要請、企業の社会的責任(CSR)が重要な企業戦略の一つであるなどとされた社会環境の変化があります。

 また、事前規制型社会から事後規制型社会への転換や、民法改正、商法改正、独占禁止法改正、公益通報者保護法の成立、有価証券報告書開示などの法規制の変化、また経営トップの意識・姿勢の変化があります。特にコンプライアンス態勢構築へのリーダーシップ発揮とともに、経営トップの熱意等に基づき、コンプライアンス担当部署の設置や、経営トップによる社員に対する継続的啓蒙活動が推進されました。コンプライアンスは会社の最重要経営課題であるという意識付けが、入社式や年頭・年度初めの挨拶、経営方針発表等社内向け公式行事や社内報等で行われています。

3 コンプライアンス態勢の構築

 コンプライアンス態勢の構築に当たり、何を実現すべきかという問題がありますが、基本的には、全社を挙げた仕組み作りにおいて、経営者や管理者だけでなく、一般社員も与えられた役割を果たすこと、それにより内部統制システムを構築することであるといえます。そのためには、法律や規則などの十分な理解、手続等の正しい処置、疑問・不安を残さない仕事の進め方などを含め、仕組みの整備と運用(いわゆるPDCAサイクルの展開)とともに、経営トップによる社風構築のための社内外への決意表明、率先して制度・行事・取組みにコミットするということが必要です。

 そのような仕組みが機能するためには、経営トップからのコミュニケーションだけでなく、従業員からトップに向けたコミュニケーションも円滑になるようなコミュニケーション・システムを整備し、それを適切に運用することが必要です。そこには、報告・連絡・相談体制の構築や、また、行動基準やマニュアルの整備、社員が疑問点等を気軽に尋ねることができる部署の設置、コンプライアンス担当部署と各部門のコンプライアンス担当者からなるコンプライアンス委員会などの体制整備も必要になります。

 そして、多くの企業において設置されている、いわゆる内部通報制度の設置も必要になります。これは、企業外部への告発が行われる前に、社内に通報されることにより、企業内部の自浄作用により適切な解決を図ることを趣旨とするものですが、秘密保持、公正な調査など、企業としての適正な対応が求められることになります。特に、重要になるのが経営トップの意識の変革であり、内部通報の存在意義を認め、社内の意識改革をすることなど、社員への明確な意識付けが必要となります。

 通報受理後の調査体制として、実質的な調査のできる体制の構築や企業内部の協力体制、また調査後の通報者への報告することが必要であり、最大でも20日以内に行うことが必要とされています。

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企業における危機管理対応

2022-06-05

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1 序言

 危機(Crisis)は、それが一度生じた場合には、企業及びその関係者に多大な損害を及ぼさずにはおきません。企業の危機管理という観点からは、危機とは、企業の異常損失の原因となり得る、差し迫った、あるいは既に発生しつつある危険であるとされています。自然災害やテロ行為等、企業が行う商行為以外の原因で、企業の意思に反して被る損害であると定義づけることもできると思われます。また、その被害の対象は、人命、企業の商品その他の資産、企業活動そのもの、企業の社会的信用など、非常に広範囲に及ぶことになります。

2 危機管理の意義

 企業は、地震や津波などの自然災害、不買運動、製品リコール、コンピュータシステムのウイルス感染等の多種多様なリスクに直面しています。一度これらのリスクが顕在化すると、稼働が中断するなど企業活動が機能不全に陥り、全社的な経営にも大きな影響が及びかねません。したがって、企業が将来損害として被る可能性のある潜在的リスクを事前に予測して、各種リスクの顕在化への対策を講じることはもとより、不幸にも重大なリスクが発生してしまった場合の対応プランを事前に準備しておくことはとても大切です。そのような準備を怠れば、獲得利益の喪失、企業イメージ・信用・評判の悪化につながり、最悪の場合には、企業の不祥事の発生による場合と同様、企業の倒産等の結果に至る危険すらはらんでいます。

 ここでは、様々なリスクの中で、自然災害など外部原因に起因する危機を例に話を進めます。災害等対策・危機管理とは、「クライシス・マネジメント」とも呼ばれます。主としてその対象になるのが、2011年3月11日発災の東日本大震災に代表されるような大規模自然災害のほか、2001年9月11日発生の米国同時多発テロ当に代表される戦争・テロ、コンピュータシステムへのサイバー攻撃等も対象となり、それらに対する対策及び事後処理を意味しています。

 これまでは、このような外部的要因による災害等の対応については、そもそも不可抗力であり、避けることのできない、やむを得ないものであるという受け止めも根強かったのですが、それでも企業の維持や存続にとっては非常に重要な問題です。つまり、企業の維持・存続のためには、これらに如何に対処していくか、あるいは管理していくかが、企業の経営にとって非常に重要な課題となっています。

 クライシス・マネジメントの目的は、危険防止・危機管理を含め、企業の倒産防止にあり、企業経営の維持管理ないし保全管理にあるといえます。そして、クライシス・マネジメントは、このような危機を予知し、その危機を制御し、危機に対して備えるための管理的活動であり、危機についての合理的処理とその費用化の活動であるともいえます。

 このような危機が発生した場合の一般的な対応策としては、①被害の最小化、②不測事態への適切な対応、③事業再開対応(Recovery Plan)、④事業継続計画(Business Continuity Plan 略して「BCP」)などがある一方で、危機の予知・予測や危機の再発防止など予防措置が重要であるとされています。

 また、危機管理の問題として重要なのは、危機に遭遇した場合、如何に対応していくかですが、その対応策として、「リカバリー(再開措置)」、「継続性の確保」の2点が重視されるようになってきています。リカバリーは、事後対策に位置付けられますが、継続性の確保は、どちらかというと事前対策の側面が重視されています。

3 事業継続計画(BCP)の意義

 米国同時多発テロ事件が発生して以降、事業の継続性確保が企業経営にとって、大きな関心事になりました。その代表的なものが事業継続計画(BCP)であり、このBCPは、自然災害や事故等の発生に伴って日常の事業活動が中断を余儀なくされた場合に、可能な限り短い期間で、事業活動のうちの最も重要な機能を再開できるように、事前に計画・準備し、かつ継続的なメンテナンスを行うリスクマネジメントの一つだとされています。そのような意味合いから、事業継続マネジメント(Business Continuity Management 略して「BCM」)とも呼ばれています。

 我が国でも、事業中断の回避や備えという観点では、クライシス・マネジメントの一環として、既に多くの企業が事業継続計画の策定等に取り組んでいます。代表的な例としては、企業が製品の生産等に必要な図面やデータ等のバックアップシステムを確保することであり、首都圏に本拠を置く企業であれば、首都圏以外の中京圏や関西圏にデータセンターを保有し、そこでデータを同時にバックアップしておくことなどが挙げられます。事前の準備が適切に行われていれば、仮に重大なリスクが顕在化し、事業の中断に至ってしまったとしても、いち早く重要な機能を復旧・再開し、事業を継続していくことが可能となります。

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